2011年3月8日火曜日

新実徳英(作曲家)        ・平成の唱歌をめざして

 新実徳英(作曲家)    平成の唱歌をめざして  
100曲を目指し53曲で詩人、谷川鴈氏が亡くなってしまう
曲先行 あとから詩を付ける    
谷川氏は硬派の詩人   
歌いやすいメロディーを先に作って後から詩を付ける
(クラッシックでは一般的には詩が先行して曲は後から付ける)
この人は歌に合う詩をつくる人ではないと思っていた  
子供中心に大人でも歌えるように谷川鴈氏は作詞した メロディーを考えて譜面にして谷川氏に送り、それを谷川氏が何十回となく聞いてイメージを作り詩を付ける  
詩を後から付けるという事は難しい、難儀なこと
「14歳」の詩が出来た時にあまりの素晴らしさにFAXを握って部屋の中を飛び歩いていた

「はなびらのにがさを
だれがしってるの
ぴかぴかのとうだい
はだしでのぼったよ
かぜをたべた
からっぽになった
わたしいま十四
うみよりあおい
はなびらににがさを
だれがしってるの
だれが」

出版社 これは素晴らしいとは感じてはいなかった
53曲で終わったのは谷川氏が亡くなった為
意外だなというのは一杯あった
メロディーがあまい曲なので恋愛的な詩となるかなと思ったが、鎮魂歌の詩としてとてもいいものになった
南の砂まぶしい風
「白い歌 青い歌」 「卒業」 「20歳」
仲間たちとの別れ
曲が十分に咀嚼されている
谷川氏の詩の態度 お前たち(子供)に合わせて詩を作っているのではない 
ここまで上がってこいよ それなりに理解する
童話の事(宮澤賢治)
頑固者・・・谷川氏
大人でも理解できない詩がある 詩の解釈は自由
きちんとキャッチボールされている 言葉の使い方 勉強になった 
何かがヒントになって作詞する
新実氏は東大工学部→親の跡継ぎをする 
大学紛争 音楽に対する傾斜が強くなる ピアノひくようになる 21歳 芸大に行く(父反対) 父は跡継ぎを諦める 
高校の時に作曲していた 題名のない音楽会コンクールに入選 等   80年代合唱を多くかく  
子供にメッセージを送りたい