2012年5月6日日曜日

三上博史(俳優)         ・演じること、生きること

三上博史(俳優)             演じること、生きること   
大河ドラマ「平清盛」で鳥羽法皇を演じている  
高校1年の時に寺山修司監督の草迷宮のオーディションに合格 1980代のトレンディードラマ等で個性は俳優としてTV、映画で活躍している  
あえて演じる事を避けて見る  
自分を消しえてゆく それで台本を読んで空いた隙間に入ってくると言う感じ
役に見えるように何でも努力する 
メークひとつ 若い時はスッピン 年を取ると白い色にする 
実在する人物 の場合はリアルにやってゆく 
書簡集では人柄が立体的に見えてくる

平安時代の資料は殆どない 想像力でしかない  
私は大河ドラマは初めてでどういう風にやれば見ている人が楽しむのかなあと考える
鳥羽上皇という役柄は象徴的にして演じないといけないのかなあと大きく演じている
ここ数年舞台で演じてきたことが今回の役に参考になった 
今は撮影は終了してホッとしている  
主役ではないので時々出ているのでそんなに疲れてはいないのかと思ったが 頭の芯がつかれていた
本当に運命とは不思議なものですね と言われる様に 当時は寺山修司さんを知らなくて 77年 アンダーグラウンドはもう一息ついた時代だった

作品なんかも読んだことも無いし  高校1年で今後社会に出るのに7年間掛るだろうと思ってその間に サラリーのいいサラリーマンになろうと思っていて、その間にやれるだけの事をやっておこうと言う決意だけは有った  
友人がたまたま寺山修司の草迷宮のオーディションの新聞記事を持ってきてやって見ようと言う事になり、応募したら通っちゃった
寺山修司の演劇もそれまで見た事も無ければ、本を読んだことも無かった
ただ後付けなんだけれども、知らなかった分、吃驚もしたけれども凄く興味が湧いた
それで演劇は見まくるし、本も読みまくった
それまでの自分の15年間には無かったことなので、兎に角ど素人なので 先ず羞恥心を取る事(すっぽんぽんになって女性の前でギャーッと言ったり) いじめられているのかなと思ったが そうではなくて高尚な演劇論があったりした  俳優論が有ったりした
  
こんなことは学校では味わえないし、最初は変な大人だなと思ったが どんどん泥沼に足を取られていった様な感じだった  
其れからの20歳までの5年間は私に取って大変な事だった   
幸せはお金で買えると思っていた  
内申書を兎に角上げることだけを考えてやっていたので 寺山回りの世界に入った時に僕は目立つ男じゃないなと思った
だから学校に戻って勉強していたがどうも心が騒ぐ  
あそこに戻りたいと言う気持ちが  毎日お祭りみたいだった
人が台詞を間違えるぐらいで何でそんなに怒ってるのと子供心に思ったんですが 皆が真剣なんですよ  

その真剣さとは何なんだろうと思って、物を作ることに吃驚した  
学校には戻るが10代の時にほんの少しだけれども「瀬戸内少年野球団」とか チョコと ちょこっとはやらしてもらった  
どっぷりは使ってはいなかった 受験をするが一浪することになる  
こりゃ駄目だと思っている時に連続ドラマの話が来る
やってみたら演じる事の面白さを感じた  そこからいける所まで行ってみようと思った  
だからスタートは20歳ですね
それから毎年のようにドラマに出る  
寺山修司の世界とバブルの時期のドラマは違う世界だと思うが TVではやりたい役ではなかったが其れなりにこなしてはいた

映画の世界では自分の好きなことができたのでバランスは取れていた
海外にも旅に行っていた 中学の時から一人で行っていた  
顔が知られる様になると不自由になる 
海外に渡ると昔のように過ごせるので自然と海外に行くようになる
旅は自分を取り戻しの時間 確認しながら  ありとあらゆる処に行っていた   
身を任せるというか 計画するとチャンスを逸する様な感じがする(出会いの楽しみ)
良い意味で刹那的 今日一日を精一杯 この演劇を精一杯と 思っている  
其れが繋がるでしょうと 繋がら無かったらしょうが無い、仕事を評価するのは他人だし、自分がいくら頑張りましたと言ったって 頑張った様には見えないですがと言われたり あんたの仕事は暑っ苦しいと言われたらもうしょうがない