2012年8月23日木曜日

南研子(熱帯森林保護団体」代表)  ・アマゾンの自然保護にかけて



南研子(熱帯森林保護団体」代表65歳)   アマゾンの自然保護にかけて
昭和22年生まれ NHK ひょっこりひょうたん島 お母さんと一緒等の美術制作に携わってきた25年前に英国の歌手スティングさんがアマゾンの自然の危機を世界に訴え日本にも来ました 先住民のリーダーの自然破壊の報告に胸を打たれ何とか支援したいと熱帯雨林の保護団体を結成しました  
25回アマゾンを訪れて訪問の都度 ジャングルで2か月ほど共に暮らし自然保護と先住民の生活支援の活動を続けています

1992年に初めてアマゾンに行く  日本からブラジルまで24時間かかる  
支援対象地域の一番近いところまでは日本から4日掛る 日本の面積の23倍
国立公園の保護区で日本の半分の面積になる 17、8部族が2万人ぐらい住んでいる
最初行った時、同じ星の処とは思えなかった 赤ちゃんも蒙古班がある  火 をあち という  足の事をてとう 水の事をみすという
我々日本人と近い思いがある  電気 ガス 水道が無い  トイレ 風呂も無い  川がトイレ  
髪の毛以外は毛を剃って殆ど真っ裸の状態だった   立ち振る舞いは近いものがある 
500年前までは先住の民が1000万人いたが、ポルトガルが500年前に侵略してきた 
 どんどん奥地に逃げ込んで38万人になってしまった
以前は森が有ってだんだんと開発の元に森が無くなってきた  
周りが開発されると生態系がくるってしまって本来狩猟採集で食べていたものが無くなり
シングウ川の流域に世界でも3番目の大きさのベロモンチダムの建設がある
25年前にイギリスの歌手スティングさんがその事でワールドツアーを部落の長老と一緒に世界16カ国を回って訴えた

一旦その話はポシャッたが又20年後に浮上した  ダム建設着工し始めた  
必要性が明快ではない 日本の1960年代の高度成長期と似ている状況
彼らが普通に生きていけない状況になった 
自然は惨憺たる有様 四国の面積分ぐらいが1年間で無くなっている状況です
一番大きな原因が大豆畑  大豆の95%以上は日本は他国に頼っている   
アマゾンの森を壊す加担をしていることになる
便利で豊かな生活を支えているのはどこかの国の誰かを悲しませて私達は便利で豊かなものにまい進してきちゃったのかなと思いますね

NGO RFJ熱帯森林保護団体を作るには大変な決断が有ったと思いますが(スティングさんの活動)握手をしたときに川の流れ 豹の鳴き声 アマゾンの風とかを感じた
我が有る人は人にそういう事を伝えられない この長老(ラオーニ)は無我の人だなあと思った  世の中にもこういう人がいるのだなあと思った
私は一番大事にしているのが人との出会いと御縁を大事にしている  
この人だったら何か手伝えられるかなあと想った  これがきっかけだった
コロッケ位のゴキブリ  30cm位のバッタ に出会う    人間は絶対偉くない 
人間も一種の動物だと感じる  行って無形なものを一杯頂く

アマゾンの森を象徴している様な人 長老のラオーニ氏   
ジャングルに居ても都会にいても変わらない人  その人の生きざまであり力ですね
5月~9月は乾期 10月~4月が雨期  だがジャングルでも世界的な異常気象で乾期に大雨になり10時間雨にぬれっぱなしになった
寒くなる 眠気が出てくる  体重が落ちてゆくのが判った  3kg位痩せた 
岸についてから4km歩いてお祭りの前夜で眠れずに過ごした
RFJ レインフォレスト ジャパン  広島 長崎 新潟に出来た それぞれに支援している  
支援活動の内容  学校 医療 乱伐伐採に対する植林   
昼間は54℃ 夜は14℃になる 1日に40℃差がある 
 
地面が暑い  自然発火 含め火事が1万500箇所あった(1月~5月)  
植林の前の段階 どうしたらいいかとか 支援している
私達が抱えている負・・・ いじめ 自殺 殺人 ノーローゼ 認知症 寝たきり 等は  皆無です
私達の社会は何故かという事を考えないといけない  
一つの集落が500位になると新たに別の集落を作る 人間の暮らせる集落が500位が限度
食べ物、排泄  等 500位がちょうどいいと思われる  
彼らの知恵から学ぶべき事が有るのでは  地球に合ったテンポで暮らすのがいいのではないか ジャングルでキャラメルを食べるのが僅かな楽しみで、持って行ってたべたが、或る時に子供に見つかってしまい残った1個を3歳ぐらいの子供に与え、残りの2人には部落に戻ってから他の何かを与えればいいかと思っていたが、その子は3等分にして残りの子に分け与えた 
自分の至らなさと感動が有った
 
子供に問題が起きた時には大人の合わせ鏡なのではないか
足る事を知る  それぞれの尺度 が有る  自分の尺度でものを測らない  
他人の物差しを認める心の広さが必要  違いを指摘するのではなくどこが一緒だろう 
ということで同じことを探し、相手の違う処を認める心の広さがあればそこで戦いは無いと思うんです  競争意識が有ると大きな問題が有る
痛いものは痛い  自分が痛いと思うことは他人も痛い 
自分の痛みと人の痛みを同じとして受け止められるのであれば必ず平和に成ると思う
見えないもの 本当に大事なものは目に見えない 

自分が謙虚になれば周りがいろんなことを教えてくれる
見えないものも 見えるものもひっくるめてすべて認める心の広さが今こそ大事に成って来たんじゃないかと思います
これをしたい、あれをしたいというんじゃなくて 流れに任せてその中で自分で選択してなるべく間違ったことに手を染めたくない 当たり前のことに当たり前に やっていけたらそれが幸せと思いますね