2012年9月13日木曜日

土方正志(49歳)        ・被災地からの挑戦(2)

土方正志(49歳)   被災地からの挑戦(2)
3.11以前を伝える事が難しいけれども、必要だと言っています。 
今度の災害を東北地方から全国にどう伝えるか 等について伺います
東北6県 今後如何していったらいいのか  阪神淡路大震災を5年間取材し続けた  
復興してゆく力はどこにあるのか コミュニティーのしっかりしている地域のほうが
復興が早い 団結力がある 復興プランを建てるのが早かった(神戸の下町)   
コミュニティー近い経験は仙台だと思った(学生時代過ごした)
赤坂先生と取材で出合った 「東北学」(地域学をたちあげて、一緒に手伝わないかと誘われる)  
最初の5年間はフリーでやっていた
出版社(有)荒蝦夷(あらえみし)を立ち上げる事になる  
 熊谷達也(直木賞作家)が別冊東北学に連載してくれていたタイトルが「荒蝦夷」だった
荒蝦夷 日本書紀に出てくる言葉  当時東北に住んでいた人達が蝦夷  
荒蝦夷:大和朝廷が東北に責めて着て朝廷に抵抗した人達
にぎ蝦夷:大和朝廷に帰服した人達   日本書記に記述されている
    
東北6県で約1000万人、北海道を含めて1600万人
可能性を持っているのは東北、北海道ではないかと思った  人口が少ないが、面積が広く
豊かな可能性を秘めているのではないだろうかと考えました  
東北は一歩後れた時を過ごしてきた
高度成長期を遅れてきて、日本全体を見直す時に
東北にヒントがあるのではないかと考えていた   
海の特集をやる時は海に暮らす人達の証言を記録に残す 
山の特集の時は山の人達の証言を記録に残す
というようなことをやってきた   災害の時は何でもいいから証言をしてほしいとやってきた  
テーマは「東北」ですよね  東北のありとあらゆる事 記録を残すという事    
漁業、農業 林業 城下町の職業の人達 等々

東北とひとくくりにしてしまうと間違えるのではないかと思います  
東北は自然に近い 山、海、自然が豊かで 人口が少ない
仙台から車で30分行ったら、山があり、海がある    
仙台市内を見て今度の災害で仙台では大丈夫だと思われるのは、ちょっと違う 

車で30分いったところの海岸は壊滅状態にある  
自然の豊かさによって生かされてきた 漁師とか  自然が牙をむく事もあるんだよ というのも 
自然に近いだけに皆どこかで受け止める という事があるのでは 
記憶の濃度はやっぱり違ったのではないかと思う  祖父から聞いたのと、全く聞いていなかったのと
、書物、文献から得たもの それぞれ濃淡があると思う
自然災害って何だろう  という事で 例えば 南海の無人島で 火山が噴火しようが、地震が起きようが、
津波が起きようが、ただの自然現象なわけですよね
災害なのではないんですよね  そこに人が住んでいるから災害になるという事ですよね
 
自然と近いということは実は、生きている 生者と死者のあいだも近いんだねと 話している  
生と死が近いという精神風土  死んでいる人の声を聞こうと思えば聞こえるんだよという精神風土
精神風土がなぜ生まれたのかというのも自然と近いからではないだろうか、という事ですよね
それが今回も生きていたのではないでしょうか
明日はわが身になるのではないかと切実な問題として考えるには、東北の人の力は大事なんでは
ないでしょうか
記録に残すのは地元の出版会社の使命だと思っている  資料を残す  

今回 被災地でいろんなことを経験したというのは、たとえば西日本の人達にとってみれば、
いつ来るか判らない、東南海大地震 其の時にどうするかとの一つの
ヒントになってくれるのではないかと思っている  
神戸の経験を今回どう生かせればいいのだろうと思って、今も行き始めている
神戸の地震学者のいうには 東北が早く復興してくれなければ困る  
如何してかと聞いたら、東南海、南海  西日本もやがては地震に見舞われるだろうと
其の時に東北が復興していてくれないと困ると、 言ってました    
西日本がやられたときには東北に助けて貰わなくてはいけない と言ってました
東北の経験を記録に残すのは必要なのではないかと思います   
災害を生かす手段 何のための犠牲、何のための苦労なのかという事ですよね

具体的に如何なるかということはまだこれから  
神戸の「人と未来の防災センター」ができたのは震災後7年後だったと思う
東北の被災地はまだそんな余裕はない状態  神戸の仮設住宅がすべて無くなったのが、5年目ですから
記録だけは出来るだけ早い段階から記録していかなければ、15年後 20年後に役に立つような記録は
とって行くことはできないので記録を進めている
「東北の泉を探して」 言葉  有る新聞の原稿に書いた   
「汝の足元を深く掘れ そこに泉あり」  沖縄の民族学者がいわれた言葉
地域を考えるときに、よそからアイディア、知識、思想、とかいろんなものを持ってくることも必要だが、
先ず自分の地域、自分の足元、 その地域の文化で有ったり
歴史、風土、そこを先ず深く掘ろうと 先ず自分達の暮らしている地域の事を理解しなければいけない 
理解した時に自分達の地域 を豊かにできる

震災まえからおっしゃっていた  この言葉が大切に成ってきたような気がする  
新しい知恵を見出す為の元になる
平時から探し求めてきたが、求める意味がより深く、切実に成ってきた  
立場を超えて普遍的な言葉だと思う
繰り返しやってくる災害に対する知恵というものは、足元を深く掘ればでてくるものと思う
自分の暮らしている街、自分の暮らしている地域の災害の歴史はみんな知っておいた方がいい