2012年12月21日金曜日

篠塚健次郎(64歳)           ・パリダカからエコカーレースへ 2

篠塚健次郎(64歳)        パリダカからエコカーレースへ 2  
山梨県の清里で現在は生活している     
妻が清里でペンションを始めた  
2000年からパリに住むようになり、ペンションは休んでいた
今年建物を大改修をした 
とっても環境がいいところで1300m位の処に有って夏でもクーラー入らない 
冬は寒いが 野辺山でスノードライビングスクールをやっている
それを4年ぐらいやっている  来年ペンションを再オープンする  
夜は星がとっても綺麗 とっても落ちつく  東京から2時間で行ける場所

東海大学から講演を頼まれた  打ち合わせに大学に行った 
大学がソーラーカーをやっていること聞く  
南アフリカで大会があると言う事だが政情が悪く参加,出来るかどうか検討中であった   
結局一緒に行ってくれれば、大学も安心してくれるし、一緒に行くことになった  
今まで自分が走っていた車とは全然違うので興味は余りなかった   
南アフリカに行ってからソーラーカーに乗ることが出来た
初めて出て優勝してしまった  
1200~1300w発電できる 馬力にすると2~2.5馬力   
地球温暖化が注目されている状況だった
もっと何で開発しないのかなあと思うようになった 
 
もしかしたらこれが自分の一生の仕事になるかなと思うようになった
ソーラーパネル、ボディー、モーター、バッテリーが主な構成  企業に協力して貰う為に企画書を作成した
2009年オーストラリアで 50台出て来る 世界で一番大きな大会 
ライバルチームが凄い  F1チームと一緒の力の入れようだった
5位、位には入れればとっても幸せだと思ったら、優勝してしまった   
学生と一緒だと時間の制約があるため 年に1回参加が限界
今年 独自のソーラーカーチーム 篠塚を立ち上げた  
今年はギネス記録に挑戦するとか いろいろなイベントに出たいと思った
出会い 1番目 ラリーと出会った 2回目は1986年にパリダカールに出会った  
2009年 3回目はソーラカーとの出会いが出来た

これから一生やっていくのかなあと思っている  
ソーラーカーは人の役にも立てるのかなあと思っている  排気ガスゼロ  
実用化出来れば素晴らしい
10億人ぐらいが車とともに生きてきた 
中国、インドが 新たに車を使うようになると 大変なことになる
これからの車はこういう車なんだと提案する義務があるように思う   
20年ぐらいかかるとは思うがすこしずつ開発してゆく必要がある
考え方は必要と思う 
 
①重量を如何に少なくするか  昔の車は軽自動車で400kg 小型車 800kg~1000kg だった
  が  今の車は軽自動車で800~900kg     小型車で1300~1500kgある 
  倍ぐらいになってしまった    ちょっと豪華になり過ぎた傾向にあると思う  
②空気抵抗が大きい  時速60kmを越えるとグーッと空気抵抗が上がってくる  
  幅と高さに影 響される  もっと形状を考える
③ころがり低抗 タイヤとか回転する抵抗がおおきい  今のタイヤは幅が広い 
  時速250kmで走るには必要だが1/3位の幅で十分だと思う
市販の車に反映できればいいと思う
  
我々の車はソーラーパネルで発電して、リチウムイオンバッテリーに蓄えて バッテリーからモーターに モーターで走る 所謂電気自動車  構造は電気自動車  
電気自動車は100kmで走れる  今年の南アフリカのレースでは4632km走った 
世界で最長距離のレース 10日間で走る  (2日間は雨)
ギネススピード記録に挑戦 これはソーラーパネルで発電した電気をそのままモーターに伝えなくてはいけない     バッテリーを積んではいけないのがルール
88.8kmが現在の世界最高記録 オーストラリアが持っている   
それに挑戦しようと言う事でバッテリー外して 組み替えてその車でやろうと挑戦した 
79.08kmで駄目だった  基本的にはレースと記録挑戦は無理が有った  
専用の車が必要であると痛感した(空気抵抗、重量 )

来年リベンジしたいと思っている  ソーラーでやる事が沢山あって楽しい
自分達のチームは優勝するためにきているのか、上位をめざせばいいのか  
完走すればいいのか 目標により大きく違ってくる
トランスミッション交換に通常は半日掛るが 20分でやってしまう  
オイルの交換でオイルが130℃に成っていて 優勝を狙っているとやけど覚悟して交換する
温度が下がるのを待つと時間ロスが発生、そういった場面が一杯あり 全部加えると大きな差として出て来る   
南アフリカに初めて行った時には、目標が定まっていないと思った  
目標を定めて一つに纏める事が私の役割だと思って行動した

私は子供のころはとっても身体が弱かった 大人しい存在だった  
友達に誘われてラリーに参加したのが私の人生を決めたような感じだった
ラリーを続けることにより、出会いにより人脈が出来たり、階段をちょっとずつあがって、信頼されたり 知名度が上がったりとか ラリーをやっていることによって、ちょっとずつ備わってきたと思う 8年間ブランクの時期が有ったがパリダカールに参加で来たので良かったと思った    
待たなくていけないときも有る 人生、矢張り登り坂有るし下り坂も有る
 
若い人達への助言 
①好きなことを見つける努力をしなさい  
②得意なことは絶対何かがあるのでそれを見つける努力をしなさい
③なにかやろうと思った時には紙に書いて、整理しなさい  それを見直して紙が目標になる  ④バレリーの言葉 「湖に浮かべたボートを漕ぐように 人は後ろ向きに
 未来に入ってゆく  目に映るのは過去の風景ばかり 明日の景色は誰も知らない」   
 漕ぐのはいいが 右とか左とか 言ってくれる人がいないといけない
 本人は良いと思っているかもしれないがアドバイスしてくれる人が必要   
⑤失敗を恐れるな 3回に一回位何かうまくいけば後の2回は失敗してもいいかなと、その位の  気分でいいような気がする  3割は大好き  失敗しても絶対復活できる