2014年5月26日月曜日

堀内孝雄(歌手)         ・萩本欽一の人間学

堀内孝雄(歌手)  萩本欽一の人間学
誰かが目標にいると言う事は大事です。
詩に向かって曲を付けるので、最近は距離をもって出来るようになった、若いころは詩に近ずきすぎていた。
小さいころは三橋美智也の歌を真似して、おばあちゃんに聞かせていた。

「悔しい想い」
飲まない人は刺身をどうしたら、いいの、ご飯と一緒だったら食べれるが。
萩本 堀内 共に飲めないタイプ。
タイミング良くご飯を要求する。(堀内)
刺身は食べない(萩本)
米の最高級のものを米屋に要望して10年間食べていたが、ある時店の主人が安い米を店員が萩本さんのところに入れていたようだ(ピンはね)、申し訳ありませんと言ってきたが、ずーっと最高の米だと叫んでないから、なんにも被害をこうむってないよと言ったんだけれど。
俺って米の本当のお美味しいの判ってないね。
いい方にいつも理解する。
いい方に取っていると、いい風にしか道は行かないから。
辛い時に文句を言わない、怒りたいときに怒らないと、我慢すると小さな運になって、それが重なると、大きな幸せになる。(萩本)

隠れて皆努力している。
私は500曲ぐらい作っているが、吉田正先生とか、遠藤実先生は5000とか6000曲ですよ。
40代半ばに 萩本さんの誕生日に、プリンを持って行ったが、有難うと言って、直ぐに横に置いたので、まずいと、直ぐに家に帰って、詩の書かない人間が「大将に歌」を作った。
(みんなの大将)
これを効くとジーンとする。

「弱点」
涙もろいところ  歳を重ねるごとにもろくなる。 若いころは泣かない様に舌を噛んだ。(堀内)
一番最近で泣いたのは、被災したときに中学生が海岸で「負けないで」のトランペットを吹いている処、ぼろぼろ出てきた。(萩本)
マラソンをやってきた時に、あと5kmと言うところで、同年代の頭の白いおばちゃんが跳んできて「欽ちゃん、がんばんなくていいよ がんばるな」と一緒に暫く走って叫んでくれて、そうしたらなんか元気が出てがんばちゃった。
60代は怒られない年代 野球でルールを知らないでやっていたが、怒られなかった。
60歳代はいい年代。
100歳の人と100人インタビューしたが、100人が共通する事を見つけたら、100歳に生きる秘訣だと、
指先を動かしている人、 草むしりなんか最高だと思う。

朝ごはんは トースト一枚(堀内)  朝はうどん、そば(萩本)
ご飯食べる人 会場では半分。  
好きなものを食べる。 食べるもので注意している人は一人もいなかった。(100歳インタビューで)
中学卒業したら散髪屋になりたかった。(堀内)
画家になりたかった。 画家はしゃべらないで済むから。 しゃべらない子だった。(萩本)
怒って、涙をポロっと流した母親の顔が好きだった。(萩本)
美味しく食べなさいと、いつも言われた。 (堀内) 周りにも影響する。
歳を取れば取るほど、聞いた方がいい。 恥をかいても、恥と思わない。