2014年5月7日水曜日

出縄雅之(進和学園理事長)    ・知的障害者に働く喜びと自立

出縄雅之(進和学園理事長)     知的障害者に働く喜びと自立
障害者白書によると全国に知的障害者はおよそ54万7000人 そのうち18歳以上の働く年齢の方は41万人居ると言う事です。
知的障害者は働ける場が少なくて多くの人が働ける能力を持ちながら、働きたくても働けないというのが実情です。
進和学園ではこうした知的障害者に働く機会と働く場を作りたいと、様々な事業を立ち上げて、知的障害者が自ら働いて得たお金で生活を送ることができる仕組みを造り出しています。
中でも40年間に渡って、続けられている自動車部品の組み立て、加工の事業ではバッテリープレートセットやブレーキホースなど300種類の自動車や二輪車の部品を製造しまして、30カ月不良品ゼロを達成するなど、高い実績を上げています。
知的障害者に働く機会と働く場を造り出している進和学園はどんな工夫をしているのでしょうか。
出縄さんに伺います。

ここは120名の知的障害者の方が自動車部品の組み立てを行っています。
56年前に開設、働く喜びを掲げていました。
現在かかわり合っている人は500名ぐらい。
就労支援、そんなことで150名、 生活介護でも300名ぐらいが何らかの形で作業にかかわっている。
昭和49年(40年前) 前の理事長 出縄明、其兄の光貴がホンダに勤務していたという関連で、本田宗一郎さんの支援を受けることになり、40年前からホンダの自動車の小組み立てを中心に就労を本格的に取り組んできた。
陶芸、パンを造ったり、色々事業をやっている。
リーマンショック以来、ホンダの部品が減少してきて、他の部門に振り分けて、多角化をしようと思った。
パン、クッキー、陶芸、シイタケ栽培、農園芸などをやってきた。
6年前からは、命の森造りプロジェクト ドングリの実を拾って、ポット苗を作って、その土地に合った森造りの苗を作っている。
市内の老人ホームの清掃作業などもやっています。

雇用形、と非雇用形(福祉的就労 就労支援B形)がある。
雇用形 賃金も最低賃金を出来るだけ守ってゆく。 非雇用形は福祉施設の利用者、携わった作業の収益を工賃と言う事で配分してゆく、雇用関係は有りません。
雇用形、工賃は15,6万円と言うところです。
非雇用形は1万3000円から1万5000円ぐらい。
彼等の能力を補うのは、治具、器具だとかで、簡単にできるようにする。
ボランティアで企業の経験のあるOBの方に取り組んでもらって、器具開発をしてもらう。
レベルを維持できる原点になっていると思う。
物流、仕入れなどを管理する中間の会社を進和学園とリンクさせながらやっている。
ある意味では福祉施設の人間だけではできない部分をクリア出来ていると思う。
事業体としての流れを作っている。(他の事業でも同様)

深夜番組「心の時代」で横浜国立大学の宮脇昭教授が出演されて、前理事長がそれを聞いて、感銘してルネッサンスという施設を造った時に、その植樹をご指導していただいた。
(命の森造りプロジェクト)
働く事は、働く喜びを満喫して、誇りを持ていると言う感じがする。
収入を得てゆく事に依って自信につながる、人間としての誇りに関連してゆく。
自動車部品を造るきっかけは?
公園の清掃、学校のトイレの清掃をやったりしたが、十分な収入が得られないので、一番上の兄綱紀が本田さんにお願いしてみると言う事になった。
兄はホンダの社員だった。

最初、ホンダの社員が泊まり込んで直接指導をしてもらった。
実習にも出してもらって、特別な支援があった。
ISO9000 認証を取ったが、ボランティアの皆さんの応援が有って取れた。
本人の特性、検査器具を使ったりして、30カ月以上の不良品ゼロを達成した。
40年前は1企業とタイアップすることなど、許されない時代だった。
我々はそれを乗り越えてやってきて、有難い事、又努力も有ったと思う。
昨年、法定雇用率が1.8%から2%に切り上げられたが、法定雇用率を維持している企業が、40%しかないと言われる。

直接雇ってもらうのがいいが、それはなかなか難しいので、仕事を出していただいた企業の方たちに雇用率を含めて、貢献が報われる様な形での制度が望まれる。
在宅就労制度 企業が事業みたいな物を委託すると、発注した会社の障害者雇用率に反映される、という制度。
現状は反映されない。
先進国との比較 賃金として見るか、所得として見るか 日本の場合は所得として見る。
障害者の場合は基礎年金制度プラス働く 成果を得られる。 

働きたいのにチャンスが与えられない、機会がない、大げさにいえば人権問題だと思う。
すこしでも増やしていただければ有難い。
地域の社会と協調して何かできないか、農産物の加工を手掛けてみたい。
みかんパン こんな美味しいパン食べたことが無い。
きっかけはミカン農家の製品にならないミカンの選別に行った時のこと。
廃棄するものを何とかできないいかと、いろんな方が他のお世話になり、智慧を借りて造った。
ポット苗造りならどこでもできるので、他の施設にも参加して貰う様に展開してゆければ、と思っている。

元阪神タイガースの選手、癌になって手術をすることになり、死ぬ訳には行かない、1日でも長く生きなければならない。
息子が一人いて、ダウン症なので、彼の面倒を見るために1日でも長く生きなければいけないとおっしゃっていた。
障害を持った親御さんとしては、子供が一人になった時に、どう自立して生きてゆくのかと、心配している方が沢山いると思いますが。
時代の流れの中で、一緒に働いた仲間が晩年を迎えていて、最後の一生を支援できる施設が必要だと思って、2月にようやく建て替えがかなったのですが、社会の皆さんにもご協力をいただく環境ができないといけないと思います。
3月に30年間一緒に作業してきた57歳になる人が亡くなりました。
葬儀の席に行きましたが、遺影が、ホンダと同じ作業服を着て働いていたわけですが、その制服制帽だったんです。 それを見て胸が詰まる思いがした。

やはり就労支援をして良かった、何か確認をできたような気がした。
障害者が世の中で特別にしていただくことはない、世の中の一人として認めていただく、それに尽きると思います。