2015年8月8日土曜日

岡田尊司(精神科医)       ・境界性パーソナリティ障害を乗り越える

岡田尊司(精神科医)         ・境界性パーソナリティ障害を乗り越える
境界性パーソナリティ障害は生育期における愛着形成のプロセス等から極端に低い自尊心、見棄てられることへの過敏さ、感情の激しい浮き沈み、薬物乱用などで生きてゆくために自分を傷つけてしまう事を特徴とする症状です。
近年特に若い人に増えているこの症状について、精神科医の岡田さんが障害を正しく理解し、それを乗り越えて本人も周りの人も、生きやすくなる方法についてお話します。

2年ほど前にクリニックを開いてそこで日々診療しています。
境界性パーソナリティ障害について理解を深めてゆくヒントになればいいと思います。
見棄てられることへの敏感な状態、情緒、対人関係の不安定さ、自傷行為、自殺企図に代表されるような自分を損なう行為を特徴とする状態。
自分は生きる価値のない存在なのではないか、というい深い自己否定と同時に自分を認めてほしいという様な愛情飢餓、承認されたいという様な気持がある。

①見棄てられることへの不安  
メールで返事が来ないという事に、自分の事はどうでもいいと直ぐ思ってしまう。
助言してくれることに対して、自分は駄目なんだと、自分を否定する方向に受けとめてしまう。
烈しい怒りが生じてくる場合と、何とか認めてほしいという行動になって現れる場合がある。
②気分、対人関係が両極端に変動する。
最高の状態から一気に最低の状態になってしまう。
根底には二分法的認知、全か無か、100点か0点 そういう風な受けとめ方が関係している。
③自己破壊的な行動を繰り返す
自傷行為、自殺企図の様な明らかに自分を壊す行為から間接的に自分を損なう行為もあります。
薬物の乱用、大量飲酒、自分をわざわざ落しめる行為、不特定多数の異性と性行為、非行に走る様なケース。
不安から周囲を結果的にコントロールしてしまうという事も起き易い。
④空虚感や自分への違和感
生きるというあたりまえのこと、自分が何者かという事に確かな感じが持てない。
喜びや信よりも、虚しさ、空虚感、違和感がいつも取り付いている。
⑤乖離とか精神病症状も時折り出現する事がある。
境界性 精神病と神経症の境界 どっちとも言えない様な状態だという事から名付けられたネーミング。
精神病に間違われるような症状だったりする。(又逆の場合もある)
幻聴、被害妄想が多いので、統合失調症と間違われて診断されることもある。
乖離症状は意識や記憶が飛んだり、人格が不連続になる、知らない間に行動してしまう。
⑥強い親へのこだわりをもつ
養育要因が関わってるのではないかという事を示しているともいえる。
否定的な感情が強い、親の事を考えただけでむらむらと怒りがわいて来る場合。
逆に理想化している場合もある。 入れ替わったりする場合もある。

要因
双子の研究によって遺伝要因と環境要因がどのようにかかわっているか、調べることができる。
遺伝要因は0から70%とバラツキがあるが、平均すると40%、環境要因が60%といわれている。
環境要因の中でも養育要因がおおきい。
虐待、幼いころの離別、支配的否定的養育、親の不安定さも要因になりうる。
心的外傷体験 性暴力の被害、戦争体験、突然愛している人を残酷な形で失う、不本意な中絶
挫折体験  優等生だった人が境界性パーソナリティ障害になってしまうのは挫折体験が多い。
関係の根幹である愛着という部分が不安定だ、ということが関係しているのではないかという事が注目されてきている。
愛着というものが境界性パーソナリティ障害を理解する一番のカギだと思っている、と同時に改善、解決につながってゆく一番重要なアプローチになるのではないかと思っている。

愛着
心理学的な絆の様に思われがちだが、もっと深いおおきな、生物学的絆なんです。
オキシトシンというホルモンによって支えられているが、境界性パーソナリティ障害もオキシトシン系の働きが悪いという事が判ってきている。
親との不安定な愛着、そこが巧く行っていないと思われる。
優しさ オキシトシンリッチな状態だと人は優しくなる、寛容になる。
逆だと厳しくなる、過敏になる。
優しくされて育った子供さんはオキシトシン系の働きがいいので、周りの人とか愛する存在に優しくすることができる。

境界性パーソナリティ障害が増加したのは、アメリカでは1950年代、日本では1970年台でドンドン加速している。
働くお母さんが増えた時期からちょっとタイムラグを置いて起きている。
離婚の増加とも連動している。
社会が変わってきているがそれに対するサポートが弱すぎた。
お父さんも子育てにあまり関与しなくなった、父親不在も結構要因だと言われている。
境界性パーソナリティ障害という問題が増えている根底にはこの社会で愛着の崩壊が起きているのではないかと言われている。


愛着 二つに分かれる 
①安定型 
②不安定型(a抵抗両価型(とらわれ型) b回避型 c混乱型、無秩序型)
a抵抗両価型(とらわれ型)
原因は愛情不足、途中まで愛していたがその人がいなくなったり、その人の愛情が別の人に移ってしまったり、変動の激しい気まぐれな愛情のかけ方、等が要因になっていると思われる。
抵抗両価型(とらわれ型)は不安障害、依存症、過食症、境界性パーソナリティ障害のリスクが上がると言われている。
b回避型(愛着軽視型)
親密な関係を避けようとする、無関心、肝心な問題に向き合う事を避けるのが特徴。
原因は関わり不足、関わっているが本能が乏しい。
主体性を侵害された場合(本人が自分の主体性を発揮する場所が無い、うっとうしい存在)本当の親しみをもった愛情が育たなくなる。

c混乱型、無秩序型
両方(a、b)がいりまじって無秩序になっている様な状態。
虐待のケースが典型的、家庭環境が予測不能なので自分がこういう風な対応で乗り切ろうと、子供にはできない様な状況。
大きくなって統制型に変わってゆく、子供が親をコントロールするようになる。
統制型
イ、親の機嫌をとる、良い子を一生懸命して親を安定させようとする、家庭を平和にしようとする。
ロ、逆に親を暴力とかで困らせる事でコントロールする場合がある。
大人で無秩序型に相当するのが、未解決型、親子の間の未解決な心の傷を生々しく引きずっている、特徴は情緒が不安定で、心の中に強い怒りを抱えている、対人関係も不安定。
境界性パーソナリティ障害はどんなふうに発症するか?
ほとんどのケースは境界性パーソナリティ障害はある時期から発症する。
スイッチを入れているのが何らかのトラウマ体験。
恋人との別れ、家族との離別死別、性暴力、挫折体験などにより、トラウマ的なことが起きて、見棄てられる体験が再現してしまい、発症に至るケースが多い。
愛着を重視するようになったのは、愛着へのアプローチがとても有効だったから。

18歳の少女のケース
覚せい剤の使用で逮捕、自殺企図を繰り返す。
生後20日で母親が置き手紙を置いて行方不明になる。
祖父母が自分の子として育てるが、小学校2年の時に、友達が本当の親ではないだろうと言ってしまって、嘘だろうと言ったが本当だという言葉が返ってきた。
小学校5年の時に母親と再会するが、精神病院で覚せい剤の依存症で入院していた。
交流が生まれるようになるが、頭がよくて、スポーツも活躍していたが、挫折をしたという事で反抗的になり祖父母とも折が合わなくなり、祖父母は母親とそっくりだ、母親のところに行けと言ってしまって、母親との確執がそのまま持ち込まれてしまった。
家出をして母親のところに行ってしまったが、そこからこの子の転落が始まる。
母親には彼氏がいて、この子に手を出してしまうが、庇うのではなく怒りを娘に向けてしまって、追い出してしまって、ドンドン悪い方向に行き覚せい剤の買人の恋人とつかまってしまう。
母親に愛してもらいたかった。

何が正しいかは別にして、本人の気持ちを聞いてあげて下さい、辛さを受けとめてあげて下さいとアドバイスをして段々接し方が変わって行って、本人も落ちついていった。
症状を治すというよりも、愛着を修復するということが、治療のカギを握るんだなあと言う事です。
本人がまだ治療に積極的でなくても、親やパートナーに働きかけることによって改善を期する事が出来る。
愛着を安定化させてゆく鍵をにぎるのが、安全基地、即ちどんな時でも大丈夫と言ってくれる存在。
①安全感を脅かさない。 否定したり、攻撃、非難してはいけない。
②主体性を脅かさない。 本人が決めるべき事を周りが言わない、考える間もなく周りが口出ししない。
③応答性    求めれば答える、求めないことまでとやかく言わない。
④共感性   その人の気持ちを汲んで接する。

愛着が作られるのは生後6カ月から1歳半ぐらいの間です。
愛着を取り戻そうとしているわけですから、赤ん坊を育てなおしている様な覚悟をもって、3年ぐらいかかわるという事です。
大変なことなので、限界設定して、この時間は一生懸命関わるという事が大事だと思います。
最終的には本人自身が乗り越えようという気持ちになって、変わってゆく必要がある。
治ってもいい様にしてやる必要があり、そういう状態を作ってやると、不思議と本人は自分でこの状態を卒業しようと言う気持ちになる。
関連する本を読んだり、日記を付けたり自分を客観的に見る事も役に立ちます。
境界性パーソナリティ障害  二分法的認知ではなく 100点でなくてはだめというのではなく、10点でも少しずつ積み上げてゆく事に価値があるんだという事に受けとめ方を変えてゆく事が大事。
いいところを見つけてゆく。

境界性パーソナリティ障害の本質的な問題の一つに両価型愛着がある。
求めるがゆえに攻撃、拒否をしてしまう。
求めすぎる気持ちがあるのですべてを与えられない事に怒りを感じてしまう。
根底に幼いころに満たされなかったことへの怒りがあり、状況が変わっても怒りが出てしまう。
愛着の現象は総合的なもの、どっちにも恩恵がある、互恵的な関係がある。
人に何かしてあげるという中に、自分もそこで救われてゆくという事が役に立つのではないでしょうか。
身近な存在の助け、安全基地を手に入れた時、綱渡りのような生活を卒業できるんだと思います。