2016年5月30日月曜日

長谷川英祐(准教授)      ・アリから学ぶ人間社会

長谷川英祐(北海道大学大学院 准教授)   ・アリから学ぶ人間社会
1961年生まれ 大学で動物生態学を学び、集団行動をする蟻など小さな生き物の進化や行動に注目して、研究して居ます。
特に働き者とみられている蟻の集団の中に働かない蟻がいる、働かない蟻にも意義があるという研究には注目されています。
小さな生き物、蟻を鏡として人間社会を見つめると、どんな姿が映ってくるのか、伺いました。

蟻の巣の中には外に出て行かない蟻がたくさんいて、その中には働かない蟻が結構いて、ある瞬間を見ると、巣の中にいる蟻の7割は働く事とはみなせない様な行動をしている。
1カ月観察しても殆ど働かない蟻が2割~3割ぐらいいて、全く働かない蟻もいます。
進化という事を考えた場合、ダーウィンの言っている事に対して謎を投げかけている。
蟻や蜂は集団で行動するが、複雑なことをやるので研究の対象としては面白い。
蟻を土の中から出して、石膏をひいて、巣部屋になる様な場所をつくって、人工の蟻の巣をつくって、1匹、1匹色を塗って、背番号の様なものをつくってやって、観察します。
科学の疑問は2つあり
①how→メカニズム ある現象がどういう機構で起こるのか?
②Why→そもそもそんな現象が何故あるのか?
「2、8の法則」 会社で働いている人間は2割、2割を取りだしても8割は働かなくなる様になってしまうという事がまことしやかに言われていて、蟻でそういう事が起こると言われていた。
これを広めたのが京都大学の日高敏隆さんが言ったが、数学者の森毅さんが面白がって言ったので広まった。
蟻の働きアリは刺激がどこまで高まったら仕事を始めるか、反応域値、それが個体によって違っている事はわかっている。
反応域値が高い個体は大きな刺激と出会うまで働かない。

部屋が汚いと綺麗好きの人が掃除をするが、綺麗好きの人がいつも掃除をすることになり、これが反応域値に個体間に差があることによって働かない蟻が出現するメカニズムだと考えられている。
綺麗好きな人が部屋から出て行ってしまうと、今まで掃除をしなかった人が掃除をする様になる。
それを蟻で実験した。
150匹の働きアリと女王アリのコロニーを作って、蟻1カ月間に渡って実験、1匹について72回行動観察したが、働かない蟻から働く蟻まで変異が大きいと判った。
良く働く蟻30匹、働かない蟻30匹、おのおの独立したコロニーをつくって1カ月観察した。
良く働く蟻30匹からも働かない蟻、働かない蟻30匹からも働く蟻がでてきて、2,8の法則が本当に成り立つという事が判った。
蟻の労働行動を制御している背後に、反応域値の個体間のばらつきが有って、それが蟻の中での労働をどう配分するのかという問題に使われているのか、という事が判った。
蜂でも蜜蜂とマルハナバチで反応域値の差があることが判っている。

働かないものがいる様なシステムが何故進化したのかという問題が次に残る。
蟻もよく働くと疲れるので、全員が一斉に働くシステムだと誰も働かなくなってしまう時間が現れるはずだと考えて、今まで働かなかった蟻がいるようなシステムは有利になるのではないかと考えた。
コンピューター上に人工の蟻の巣をつくって、疲れを与えてやって、疲れがあるときに誰かがいつも休んでいるシステムと、誰もが休まない集団のどっちが長続きするかの実験を行った。
卵の世話、卵をいつもなめているが、世話をしている働きアリを取り除いてしまうと、30分~1時間世話を受けないだけで卵は全部カビて腐ってしまう。
唾液の中に抗生物質があり、カビとか病原菌に侵されるのを防いでいる。
シュミレーションで疲れがある場合には、誰かがいつも休んでいるシステムの方が長続きする領域があることが判った。
短期的な効率を犠牲にしても長期的な存続を達成しようとしている、という結論になった。

人間と蟻は違うところと同じところがあるので、同じところに着目すれば人間社会に適応できる部分もある。
無駄を省く事をやり過ぎると却って大きなピンチを招く事がある。
トヨタのある工場がある部品を作れなくなってしまって、全生産ラインが止まってしまった。
生産効率を最適化すると、最も効率よくすると会社は部品1個にするのが正解だが1個がトラブルを起こしてしまうと全体が機能しなくなってしまう。
システムを長期的に効率よく動かすためには無駄な部分が必ず必要だと言う議論はされている。
ブラック企業、会社の利益を最大化するために社員を使い捨てにするが、最初はうまくいっているが、段々業績が落ちてくるが、人が集まらなくなるから。
人間には感情があるが、蟻にはないと思われる。
人間には熟練があり、やる気のある時と無い時ではアウトプットが違いがあり、モチベーション、心理的に安心して働けないような職場には人間は行きたくはない。
ブラック企業は短期的な効率を求め過ぎて、長期的な存続性は保証されなくなってきている。

グローバリズム 土俵が一つになってしまうと、一番短期的な効率を高める者だけが勝ち残って最後はそれが滅びて何もなくなってしまうという事が生物学では判っている。
生物は土俵が一つではなく、色んな環境があっていろんな生き物がそれぞれの場所にいるので、空間に構造があるというが、空間の構造を取っ払ってしまうと、最も利己的なものが残ってしまって最後には滅びてしまう。
グローバリズムは同じようなことが起こる可能性がある。
狂牛病 病原体はプリオンというたんぱく質だったが、プリオンは何の役に立つのか判っていなかったが、ごく少数の研究者がプリオンの研究をしていたので狂牛病が発生した時に、対処の仕方が判った。
社会の人達に科学が、生き物が面白いという事を知ってもらって、楽しんでもらうという貢献ができたと思う。
ゴッホの糸杉の絵を見て吃驚した、実際の絵を見ると波動を出している、物凄い力の有る絵だった。
芸術があっても実際の世界を改良するためには何の役に立たないが、見る人達に強烈なインパクトを与えることで評価されるが、基礎科学も同じような側面がある。

基礎科学が色んな種を蒔いておくから何かが起こった時に直ぐに解決する事が出来る、一種の保険の役割で、大学にしかない(種を蒔く機関)。
社会全体の長期的な存続性を考えた時には基礎科学を縮小する事は、得なやり方ではないと思っています。
割と簡単な判断しかできない個体とか神経細胞が集まることによって、極めて合理的な判断が可能になる。
蜜蜂だと新しい巣場所を見つけるときに、個々の集めてきた情報を集めて集団全体としてもっともよい場所に新しい巣を移すことができる、蟻も同じです。
いい場所を見つけた蜜蜂はダンスを強く長く踊ることが判っています。
2~3日続いて最終的にいくつかの場所で沢山の個体を集めた巣場所が選ばれる。
脳の集合的意思決定というものは、蜂や蟻とは別のメカニズムがあるはずで、それが出来る方法があると考えていて、我々が考えている原理が時々間違えることがあるが、その間違いを補正するために蜂や蟻のような質に応じた反応があるんだと考えています。

蟻で実証したという論文を書いているが、受けが悪くて通らない、今までの常識と全く違う事を言っているので、すごく抵抗があります。
我々の考えた原理を使わないと、脳の意思決定は説明できない。
今まで存在しなかった法則を新たにもたらす研究の方が重要だと思っています。
新しい仮説、法則等に対して保守的な考えの人達は社会的地位、科学者としての権威が一瞬にして無くなるので批判する、新たなチャレンジをする人ほど不利になるという、矛盾した状態が科学の中にあって先駆者はみんな苦労しています。
遺伝学者 進化の中で中立進化説を唱えた木村資生さん は最初はめちゃくちゃに批判されました。
ダーウィン 進化の説明するのに神様はいらないと言ったが、いかに神を信じる人達からたたかれたか想像に難くない。
アインシュタインもニュートン力学の常識を覆したので、最初は非常に懐疑的に見られたはずです。
科学的に正しいことは人間の認知とは直接繋がらない。
生物の世界の論理は人間から見るとあり得ない様なこと、情け容赦のない事を普通にやっています。
生物の世界では本当に働かない個体や働けない個体は情け容赦なく切りすてられる。
怪我をして働けない身は死んだとみなされて巣の外に運び出されて捨てられてしまう。

人間は働けない人を排除していいかと言ったら絶対そんなことはない。
人間の倫理と自然の論理は全く切り離して考えないといけない。
コロニーを構成する個体が多様である方が組織全体が巧く行くということはたびたび発見されている。
生物の群衆、人の社会組織の中でのメンバーの多様性が持っている役割はきっとあるだろうと思っています。
そういう事があることによって組織全体がうまく機能する事が出来るということを、示せないかと思って、蟻とアブラムシの共生系を使って実験をしています。
人間の組織でも構成メンバーの間に色んな多様性がある方が、組織全体の効率が高まることも起こり得ると思っています。
みんなが有利になるという事、生物多様性というものが、こんなにも多様な生物がこの世の中にいる、という事を説明するメカニズムになるのではないかと興味を持っています。