2017年4月6日木曜日

中島京子(作家)          ・ロング・グッドバイ、ダディ!

中島京子(作家)  ・ロング・グッドバイ、ダディ!
厚生労働省の推計では2025年には65歳以上の5人に1人はなると予想される認知症、アメリカでは認知症のことをロング・グットバイ 時間とともにゆっくりお別れしてゆくと表現するそうです。
直木賞作家の中島さんは認知症の父親を10年間介護して看取りました。
記憶や言葉が失われてゆくのは悲しくて辛くて、介護は大変な事もありましたけど、お父さんは楽しい思い出もたくさん残してくれたと言います。
その体験を小説にした「長いお別れ」は同じように認知症の介護に当たってる人や医療関係者から感動と共感を呼んでいます。
お父さんとの長いお別れ、いとおしくて大切な時間に込められた家族の思いを伺います。

2013年の暮れに父が亡くなったので、3年になります。
86歳でした。
父は大学の先生をしていましてフランス語とフランス文学を教えていました。 
定年後は外に余り出たがら無かったですが、趣味は囲碁が大好きで碁会所に通っていましたが、碁会所が無くなってからちょっと居場所がなくなったようなさみしさをもっていたように思いました。
そのころから記憶に自信が無くなることが起って来たんじゃないかと思います。
一緒には暮らしてはいなかったのですが、鬱のような感じで食べ物をあまり食べなくなってネガティブな発想ばっかりしてどうしたのかなと思った頃がありました。
病院から抗うつ剤などを貰ったが父は嫌がって全部捨ててしまったりしました。
今から思うと認知症の前段階だったのではないかと思います。
2004年の春、父の同窓会があり、何時もやっている場所なのに、判らなくて家に帰ってきてしまったことがありました。
もう一回送り出したが又帰ってきてしまって、おかしいと思って物忘れ外来にいきました。

他に記憶が不確かになってきたように思いましたが、そんなに進んではいませんでした。
進行を遅らす薬を処方されていまして、3年間はゆっくり進行させることは出来ると言われていましたのでそんなには進みませんでした。
あるとき母がどこかに父と一緒につれていって、帰ってくることはできました。
フランスに姉が結婚して住んでいたので、父母と私でフランスに行ったことが大きな思い出となっています。
セーヌ川を荒川(荒川の近くに住んでいました)と間違えたのが面白い思い出でした。
車を運転していて父から突然「ところであんたはだれの娘だっけ」と言われてどういうことになっているか判らなかった。
自宅で母が父の面倒をみて居て、私が家に通っていました、私が2009年に3カ月アメリカに行くことになり、通うことができなくなるので、2008年ぐらいからデイサービスに行くようになりました。

スタッフの方から先生と呼ばれたりして、楽しそうにデイサービスに通っていました。
歩けなくなったり、しものことが自分でできなくなってくるが、そうであっても尊厳を保ちたいと思っているようで、そういうふうに思いながら介護した方がスムーズだと思います。
2012年に転んでしまって、ベットから良く落ちてしまったり幻覚を見るようなことが多くなりました。
父は若い頃柔道をやっていたので転ぶ時には受け身のような転び方をしていましたが、最後には大腿骨を骨折して、入院することになりました。
手術は無理と言うことで寝たきりになるといわれました。
坐れるようになれば車椅子で生活ができればお花見ぐらいは出来るのではないかと思いました。(介護4でした)

オムツが厭だったので、夜中に何度も母がお手洗いを手伝ったりしたので母は大変でした。
入れ歯を直したら食べられるようになって食欲が出てきて、食べると元気になって歩けるようになりました。
1回目入院し、家に戻ってきた、意識が無くなって救急車で2度目の入院しました。
それが最後で亡くなってしまいました。
12月25日に入院して、フランスの姉に連絡して27日に帰ってきて、29日の朝に亡くなりました。
父は短歌を作ったりエッセーを書いたりもしていたので、病院のベットで父の書いた面白いエッセーを枕元で読んだりしました。
人が笑ったりするのが好きだったので良かったと思います。
看取った後は余り何を考えたか覚えてないです。

介護の体験を小説にしました。「長いお別れ」
アメリカでは認知症のことをロング・グットバイと呼んでいるので、タイトルを「長いお別れ」としました。
介護自体は楽しいかと言うと難しいが10年の間に父が残してくれた、一緒につくった思い出が10年なので沢山あります。
直木賞を受賞した時に可笑しかったのは、候補になっていることを言ってはいけないと言われていて、つい母に言ってしまったが、誰にも言ってはいけないと言って父ならば言ってもすぐ忘れるので、どうしても言いたい時は父には言ってもいいと云ったんですが、そのまま父はすぐ忘れるからいっても大丈夫というようなことを言ってしまったんです。
父は嬉しそうに「さすがはお父さんだな」、と父自身が言ったんです。
ある時期から言葉の意味が判らなくなってしまっていて、単語の意味をなさないことをいうようになりました。
私のしょげている様子を見て、意味なさないが、慰めてくれるような口調で言ってくれる事がありました。
「鼠」とか難しい漢字を書いて吃驚することがあります、昔覚えたことは忘れないんですかね。

『長いお別れ』で第10回中央公論文芸賞・第5回日本医療小説大賞をそれぞれ受賞。
介護をしてとっても大変だったと思っていたけど、この小説を読んだらそういえばおかしいことがたくさんあった事を思いだしたと言って下さって、そういう風に読んでいただけたら嬉しいと思いました。
認知症はそれほど怖がらなくてもいいのではないかと思います。